Stay Small | Kunihiro TAKEDA

#21 手足を動かすヒント

独立してひとりで働いていると、ときに手足が止まることがある。

フィードバックに乏しい活動に終始していると、どんどんスピードが落ちていき、最終的には手足がとまってしまう。手足がとまれば、いつの間にか自分が凪の中にいることを実感し、途方に暮れるのだ。

考えてみると、会社員時代にもそのような状況はあった。BtoBビジネスの商談期間や仕込みの期間は長く、どうしても山や谷ができてしまうもの。また、BtoCのように打てば響くというものでなく、認知にも決裁プロセスにも時間がかかるため、凪はそこら中にあるのだ。

しかし、不思議と会社で働いている分には、その感覚は得られない。なぜなら週次ミーティングや組織イベントなど必ずなんらかの「仕事」があるからだ。数字を持った管理職であれば、数字が上がらないプレッシャーに苛まれるだろうが、それでも日々業務は回っていく。やるべきことは山のようにあるのだ。そして、独立する人の多くは、こうした「仕事のための仕事」からの解放を求めて旅立つ。

ところが、個人事業主にとって仕事のための仕事がないことが孤独に感じられることもある。不思議なものだが自由は不自由なのだ。

もちろん、やりようによってはBtoBの個人事業主でも仕事のための仕事を作ることは可能である。「誰に、何を、どうやって売って、どう儲けるか」がビジネスの基本だが、その中の後ろ二つ=Howをせっせとやっておくとよい。それに加えて資材調達や事務所を借りるなどのタスクも含まれる。

ということで、Howに資金を使いすぎないように、というのが当初の作戦だったし、スモールビジネスの本にも口酸っぱく書いてあったことだ。


実は組織人の仕事の大半はこのHowの実現に集約される。どうやって売るか、どうやってデリバリーして納品するか。そして、少し職位があがるとどうやって儲けるかという話が入ってくる。

いうまでもなくビジネスの本質は「誰に、何を」だ。ドラッカーも「企業の目的は顧客を創出すること」といった。顧客と商品のないビジネスは存在しない。

多くの仕事は顧客と商品がある前提だ。逆にいうと、人がその会社に入ったときには「誰に、何を」は用意されている。ベンチャーでもない限り。

そもそも営利を目的とする企業は顧客と商品を持っていて、それを広く届けて多く儲けるために組織を作る。であるからして、プロフィットセンター・コストセンター問わず、この活動の一部に何等かかかわっている。Howが独立しているからこそ組織は合理的で効率的なのだ。

しかし、組織が膨張してくると、Howの部分だけが切り取られて肥大化してくる。そして、「誰に、何を」に関係のないHow的活動が増えていくのだ。多くの場合、それはコストメリットに乏しく見える。

私は会社員時代、この妙な現象を様々な職場で観察してきた。もちろん、この現象が全く起きない職場もあったのだが、それは黎明期や成長期のビジネスを抱えている組織に限られた。

逆にいうと成熟しきっている組織や衰退している組織ではそうもいかない。また、新規ビジネスを目的とした組織は一見すると黎明期に見えるが、それが政治によって生まれた隙間であった場合、衰退期と同格になる。

幸運にも、「誰に、何を」と向き合うビジネス経験をしたことがある。20年で3回。しかもそのうちは初めての職場での経験だった。渦中にいるときは働き詰めで無我夢中だったが、貴重な経験だったと思う。

こうしたことを踏まえ、私は注意深くHowだけの活動を避けるようにしてきた。そうしなければ上手くいかないことを分かっていたからだが、力のない中間管理職ができることは限られている。スカンクワーク的でゲリラ的な方法をとって市場の立ち上げ時間を稼いだ時期もあったが、あっという間に組織変革の波に飲み込まれてしまった。そして独立に至る。


さて、話を戻す。個人事業主は「仕事のための仕事」を持てるコスト的余裕がないがゆえに、「誰に、何を」に集中すべきである。あるいは、集中することができるともいえる。

しかしその反面、孤独に耐えられなければならない。なぜなら、あなたのビジネスは世の中からすると新規ビジネスでも画期的なものではないかもしれないが、だからといってあなたは市場から認知されていないからだ。

その中でのタスクはフィードバックに乏しく、うまくいっているかどうかも分からない。しかし、何もしないと確実に何も起こらない。

そこで、頑張って手足を動かしていくが、ふとその状況に気づくと仕事のための仕事になっていやしないか不安になる。そして、手足を動かすスピードが落ちてしまうのである。

この状況を打破する銀の弾丸はない。自分が、自分に合う方法で立ち直るしかないのだ。

人と話すという人もいるだろうし、セミナーを受講するという人もいるだろう。あるいは何かを作るという人もいるかもしれない。

私の場合、noteがその一つになっている。書いている内にいろいろと整理され、手足が動くようになる。ニュースレターを復活させたきっかけも一つのnote記事だった。

それからもう一つ試みていることがあるのだが、その成否は後日またどこかで。