#19 人を育てる仕事
先日、いつもお世話になっている取引先の方とビジネスの話を一通りした後、「今後どのような形でビジネスを展開される予定なのですか?」と尋ねられた。
うーんと唸りつつ「今はピープルアナリティクスの仕事が5割を超えていてやりがいもあるので、データ活用支援を続けたいと思っています。ただ、その中で何を強みにして行けばいいかまだ試行錯誤していまして。凄腕のエンジニアというわけでもないですしね」と正直に答えた。
そうすると、「武田さんの強みはコミュニケーション力だと思いますよ」と意外な答えが帰ってきた。人見知りする方だし、大人数の飲み会ではロボットになるし、秘密の話術があるというわけでもない。営業系の部門に在籍したときには外向的人材に囲まれて萎縮しまくっていたほどだ。そこで、もう少し突っ込んで尋ねてみると、丁寧に解説してくださった。
「いやいや、営業的な話じゃなくてですね。技術者として考えたときに、お客様のニーズを引き出しながら技術支援できるところが強いと思います。自分の考えを押し付けないのがポイントです。かといって、御用聞きがよいというわけでもなく自分の軸も必要で」
「なるほど。確かに要件定義は得意かもしれないですね」
「ん・・・私は教育にも向いていると思いますよ。人に教える仕事です。すでに一緒に仕事してますけど」
「確かに人材育成で評価いただいたことがありました」
人を育てる仕事というと学校の先生が思い浮かぶ。しかし、いわゆる学校の先生になる考えは今までなかったし、向いていると考えたこともなかった。
その一方で、ビジネス現場や実践的な研修を通して人を育てることにやりがいを感じているのも事実である。「実践的」というのがミソで、理論でなく実問題に近いところで、かつ少人数に対してじっくり伴走して教えることが向いているように思う。
こうした志向性が見えてきたのは40歳を過ぎたあたりからだ。
SE、PdM、データサイエンティストという業務をやってきて、一番楽しみにしていた時間は何だったか?と考えると、若いころと中年以降で少々異なっている。
若いころは実問題と向き合って、あーでもないこーでもないと一人で思案している時間が大切だった。その一方で、社内セミナーや顧客向けにプレゼンをする時間は特別で、いつも楽しくやっていたし、良い評価もいただいていた。
なぜプレゼンが好きだったかというと、準備・デリバリーともに誰にも邪魔されずに自分の工夫を巡らすことができるからだ。事前に聞き手のニーズをおさえながらポイントを絞り、時間枠に適したストーリーを作る。そして、その表現にはささやかだが自分の創造性を盛り込むことができるのだ。
これは後付けで考えたことなのだけど、プレゼンが好きな理由は大抵このようなものだろう。実に箱庭的な志向だ。だから、一般的には大変だといわれていた前職の課長試験にも楽しんで取り組むことができた。何せ上昇志向や政治に関心はなく、ただ箱庭を作っていたのだから。
今もセミナーなどでしゃべることは好きだし、プレゼンを契機にいろいろなアイデアがまとまることがある。
一方、中年以降ひそかに楽しみにしていたのが、部下との1 on 1だ。
マネジャーになったとき、マネジメントに自信がなかったから1 on 1を積極的に取り入れたというのが始まりだった。
今でこそ会社全体で取り入れる企業が多い施策だが、自分が始めたときにはそうではなかった。少なくとも、当初は部内で1 on 1をやっていたのは私だけだったと思う。
1 on 1を始めたきっかけは、かの元インテルCEOであるアンドリュー・S・グローヴが書いたHigh Output Managementを読んだことによる。マネジャーになる前からその職の研究のために読んでいたのだが、実に示唆的で何度も読み返した本である。その中で、1 on 1のアプローチや重要性について述べられている箇所があり、それをそのまま取り込んだのが始まりだった。
管理職として初めてチームを受け持ったとき、部下は1人だけだった。
1人なら非管理職でチームをマネジメントしていたころと変わらないと思うかもしれないが、これが大いに違っていた。管理職は仕事のマネジメントだけでなく、部下の育成やキャリア開発を支援する必要があるし、何より業績の評価をしなくてはならない。管理職になって初めてその「違い」に気づいた。
この二人チームの状態で1 on 1をはじめ、週一回30分のセッションを必ず設けた。これもHigh Output Managementに倣ったものだ。他の管理職より毎週やるの?と驚かれたものだ。
チームは少しずつ大きくなっていき、部下が1人の状態から3人、6人と増えていった。しかし1 on 1は同じように継続していた。1 on 1こそがマネジメントの命綱になっていたし、コロナでテレワークに移行してもロバストだった。
1 on 1ではメンバーの志向に合わせて、業務課題の解決、キャリア相談、その他の話題の割合を変えていた。というか、メンバーが自発的に話す場にすれば、おのずとそうなるのである。
相手の話に耳を傾け、時に質問をし、最後にアクションを整理する。
やったのはこれだけだったが、その場は人によって全く違うものになった。それが面白さとやりがいを生んでいた。今考えるとまさに人材育成の場だったのだろう。
その後、部長になったときには部員が25名となり、さすがに今までのようにはいかなくなった。それでも1 on 1こそが大切だと考え、直属の部下(管理職)は週次で30分、それ以外のメンバーは2-3か月毎に60分の1 on 1を実施するようにしていた。
部長の仕事はマネジャー(課長)とは大きく異なるものである。組織事情に左右されるが、大きな違いは部下であるマネジャーとのコミュニケーションを通して、部全体で成果を上げる必要があるということだろう。部長に求められるのは現場の指揮ではなく、マネジャーのマネジメントなのだ。
この状態になると、1 on 1や定例ミーティングだけでは運営が回らなくなる。大規模な組織改定などで仕事の土台が揺らいでいるときはなおさらだ。
このようなとき、上意下達のスタイルを持ち込むとうまくいかない気がした。何より自分自身がそういうことに向いていないという自覚があった。体育会系とはずっと無縁だし、アクション映画の主人公には到底なれない。
そこで、メンバーの力を借りることにした。自分が分かっている業務や技術の範囲は狭いものだ。それを自覚したうえで、メンバー同士が対話できる環境を作ることに奔走していた。今考えると対話型組織開発の実践を目指していたのだった。つまり、1 on 1に加えてメンバーの対話を促すという作戦だった。
このアプローチは研修講師の仕事から学んだものだった。部長に上がる前、社内のピープルアナリティクスチーム向けに、テーマ設定のためのワークショップを開催したことがあった。これは時の人事部門からの要請でやったことだった。
何分初めてのことだったので迷うことが多かったが、やるなら徹底的にということでプロの研修講師向けの参考書を積み上げて準備した。運がよかったなと思うのは、その参考書が対話に重きを置いたものだったことだ。
この研修をやってみて、短時間ながらインタラクティブな研修を活用して対話をすることの効用を学んだ。また、とてもやりがいを感じたのも事実であった。後に、この取り組みは外販することになったが、本格的にデリバリーする前に部長なってしまったのでお蔵入りになってしまった。サポーティブな部長は自分の欲を捨てるべしと思い飲み込んだ。
最終的に組織事情を鑑みて(かなり早めに)自ら身を引くことを決意して独立に至ったのだが、退職を申し出て1年後の現在、元部員が活躍している話を聞いてポジションに固執しなくて本当によかったと思っている。この話は別の機会にでも。
さて、この話のポイントはこうである。(自分のための壁打ちである)
ここまで書いてきたことをザクっと整理すると、それは人とのコミュニケーションの話に帰着する気がする。
若いころから楽しみにしていたプレゼンは、1対多へのコミュニケーションだ。そこに深いインタラクションはないかもしれないが、デリバリー中のリアルタイムな空気によって会場が呼吸しているように感じる。それを先読みして準備しデリバリーすること自体にやりがいを感じているのだろう。
一方、中年以降に頼った1 on 1や少人数の対話もまた、濃厚なコミュニケーションの場だ。自分がカリスマ的リーダーでないことを自覚したがゆえに、メンバー中心のマネジメントを行った結果でもある。ただ、そのアプローチ自体にやりがいと可能性を見出したのも事実である。
総じて、冒頭の人材育成の話につながる。どちらもコミュニケーションによる人材育成なのだ。
これを仕事にしていくことを考えてみたいと思う。