Stay Small | Kunihiro TAKEDA

#38 窓のない乗り物での長旅で、自分の感覚を磨く

起業というものは、窓のない乗り物で長旅をするようなものだ。自分がどこにいるかまったくわからず、道しるべもなく進歩も感じられず、あとどのくらいで到着するのかもわからず、拷問のように感じてしまう。

(ザ・ミドル 企業の「途上」論, スコット・ベルスキ)

この4カ月は、この言葉をいやというほど実感することになった。まさに窓から何も見えない中での日々。

何か大きなトラブルがあったわけでもないし、全く仕事をしていなかったというわけでもない。もちろん、昨年からの引き続きの仕事もあり、新規の商談やプロジェクトもあった。

それでもなお、季節外れの台風のように狙いすましたタイミングで懐疑心が頭をもたげるのである。

そんなときによく手に取ったのが、スコット・ベルスキの本だった。事業創造を目指すスタートアップ向けの本であるが、私のような独立事業者の胸にも響く言葉が至る所にあり、この先何度も読み返すことになるだろう。

例えば、このような言葉がつづられている。

人は確かなものを求めるものだが、不確かななかで生き延びるすべを身につけた方がいい。

僕たちはたいてい、確かな答えを追い求めているようで実は、自分の見方を裏づけるような専門家の意見や研究ばかりを取り入れている。

(ザ・ミドル 企業の「途上」論, スコット・ベルスキ)

これはとても耳の痛い話だ。たいして練り込んでいるわけでもないプランに固執するということはよくある。

そして、そのプランをChatGPTやClaudeに見せてコメントしてもらうことで評価しようとするのだが、実際のところ安心をトークンで買っているに過ぎない。

こうした人の期待を知ってか知らずか、概ねLLMは質問者の意見をくみ取ろうと努力し、「鋭い意見ですね」と言いながら方向性を認めつつ、「補助線を引かせてください」と無難な意見を付与するのである。これではローカルエコチェンバーではないか。

なぜこう言い切れるのかと言えば、自分自身がこの半年ほど体験してきたことだからだ。チャットスレッドを変えて同じことを問いかけたり、複数のLLMで評価させたりと、様々な工夫をしてはいた。時には自己批判的な方向に誘導したこともある。こうすることで幾分はエコーを回避できたのは事実だ。

しかし、生身の人と話すのと大きく異なるのは、LLMが本質的にお金を払っている質問者を満足させることを是としていることであり、なおかつ、知識量でいえば多くの人よりも幅広い話題を知っていることだ。これにより、「それらしく」「平均的に」質問者のプランを評価しながら満足させることができる。端的に言えば、無難なコメンテーターになり得る。

逆に言えば、人の持つ知識や経験の偏りこそが人の個性を作っているのではないかということに気づいた。

それは自分自身とLLMの対話から学んだのではなく、他の人がLLMを通して出したアウトプットを第三者的に見て直観したことだった。

不思議なもので、一歩引いて見ると、LLMが出したアウトプットをスルーしているのか、その人の思いや深い知見が含まれているか何となくわかる。様々な伴走支援や教育の機会の中で約1000個のアウトプットを見てわかったことだ。

この直観の中で、自分自身がLLMに頼りすぎているというのは非常に良くないことに感じられたのである。

もちろん、LLMたるAIを抜きに現代のビジネスも組織も成り立たない。日本ではAXという錦の御旗が経ったし、米国でもAI-FirstからAI-Nativeへ戦略の軸が移りつつある。こうした状況でAIやLLMと距離を取るのは死活問題になるだろう。

したがって、LLMがありとあらゆるところに入り込んでくるのを受け入れた上で、なおかつ自分自身もその進歩を享受しつつ、更に自分を発揮していかなければならない。そうでなくては楽しくないだろう。


では何をどうすべきなのか。ここで冒頭の「窓のない長旅」というメタファーが効いてくる。

不確実であるもの――少なくとも自分がそう思っているものごとに対しては、しっかりと自分の頭と目と耳を使って納得するまで確かめるしかないということだ。そして、「すぐに答えは得られないし、答えはないかもしれない」という前提を胸に刻むべきなのである。

逆に言えば、LLMはWeb検索やリサーチアシスタントのように位置づけるのがよい。もしくは、大雑把でやや面倒なタスクを任せるにも適している。

しかし、自分が真に深く悩んでいることは自分の肌で感じ取れることから学び、判断すべきなのである。この4カ月で得た最大の教訓はこれだった。

逆に言えば、それほど真剣に悩んでいないことであればLLMの言うままに「そうなんだ」と思っておけばよいだろうし、辞書代わりに使うのもいいだろう。

そういった意味で、最近一部でささやかれているAgentic Enterpriseというものの本質は、Human-in-the-loopにこそありそうだ。

もし、人の関与や判断がほぼ必要ないようなオペレーションであるならば、その実現手段が人であってもAIであっても、あるいはBPOや外部調達であったとしても、時間を含めたコストが最大の選択基準になり得る。

ゆえに、組織活動や事業に付加価値を与えるものは、人の関与や判断にこそあるのではないか。そして、個人事業で個の力を最大限に生かそうとすれば、そこに生き残りのカギがある。


私の事業戦略の一つは「法人化しない」ことだ。それは個としてのスキルや認知によって箱庭的な世界観で仕事をすることである。

つまり、積極的にスケールしない戦略を取っている。ポール・ジャルヴィスの言うStay Smallだ。

もし法人化することがあるとすれば、そのビジネスを進める上でクライアントから法人を求められたときだろう。しかし、ありがたいことに今は個人のまま契約を取ることができている。

そのスケール感を選択したのは、自分が持っている「微かな着想」を実行するのに適したアプローチだったからだ。それは伴走支援や実践教育という表層的なメニューの根にあるものだ。会社員時代から密かに思っていたことだが、明らかに会社の求めるビジネス規模に合うものではなかった。

スコット・ベルスキによれば、「生き残った人が専門家になる」のだという。これは独自な試みをしている自分には励ましの言葉にも、戒めの言葉にもなる。

自分だけのレアなこだわりを追いかけていると、それに共感できない人からは反発を食らう。排除されるかもしれない。ほとんどの人には理解されないだろう。しかし、未来はいつも少数派から始まる。

(ザ・ミドル 企業の「途上」論, スコット・ベルスキ)

生き残りのために不確実な場を静かに冒険していこう。

参考文献